「おれは兵書を読んだよ」と歳三はいった
「兵書を読むと、ふしぎに心がおちついてくる。
おれは文字には明るくねえが、それでも論語、
孟子、十八史略、日本外史などは一通りはおそわってきた。
しかしああいうものをなまじいすると、つい自分の信念を自分で
岡目八目流にじろじろ看視するようになって、腰のぐらついた人間
ができるとおれは悟った。そこへ行くと孫子、呉子といった兵書はいい
書いてあることは、敵を打ち破る、それだけが唯一の目的だ。
総司、これを見ろ」
とぎらりと剣をぬいた。・・・・・
「刀とは、工匠が、人を斬る目的のためにのみ作ったものだ。
刀の性分、目的というのは、単純明快なものだ。
兵書とおなじく、敵を破る、と言う思想だけのものである」
「はあ」
「しかし見ろ、この単純の美しさを。刀は、刀は美人よりもうつくしい。
美人は見ていても心はひきしまらぬが、刀のうつくしさは、粛然として
男子の鉄腸をひきしめる。目的は単純であるべきである。思想は単純
であるべきである。新撰組は節義にのみ生きるべきである」・・・
歳三はあくまでも幕府のために戦うつもりである。将軍が大政を返上
しようとどうしようと、土方歳三の知ったことではない。
歳三は乱世にうまれた。乱世に死ぬ。
(男子の本懐ではないか)
「なあ総司、おらァね、世の中がどうなろうとも、たとえ幕軍がぜんぶ
敗れ、降伏して、最後の一人になろうとも、やるぜ」
「おれがーー総司」歳三はさらに語りつづけた。
「いま、近藤のようにふらついてみろ。こんにちにいたるまで、
新撰組の組織を守るためと称して幾多の同士を斬ってきた、
芹沢、山南、伊東・・・それらをなんのために斬ってきたかということになる。
かれらまたおれの誅に伏するとき、男子としてりっぱに死んだ。
そのおれがここでぐらついては、地下でやつらに合わせる顔があるか」
「男の一生というものは」
と歳三はさらにいう。
「美しさを作るためのものだ、自分の。そう信じている」
「私も」
と沖田はあかるくいった。
「命のあるかぎり、土方さんについてゆきます」
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